『10年後の仕事図鑑』落合陽一・堀江貴文著 

インターネットが普及し、誰もがスマホを持ち、AIやRPAなどが益々進化し、多くの仕事を人がやらなくてよい世界になってきました。
そしてこれからも加速していく時代の変化。10年後はいったいどんな世の中になっていて、どんな仕事が無くなってるのでしょうか。
時代の一歩先を歩く、堀江貴文・落合陽一両氏の鋭くてキレのある一冊でした。

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AIに手が生えたとき、人間の単純労働は激減する

stokpic / Pixabay

AIが発達していけば、コストの高い人間の仕事は順次代替されていく。ただ、現在のAIは「人間の目と耳を代替する機能を持っている」に過ぎない。この先一番の鍵となるのは、AIが「”手”を持ったとき」だと思う。

今のAIでは、見たり聞いたりして答えを返す(AppleのSiriみたいな)ようなのが得意です。

これに加えて「手」を持ったら、さらに色んな事ができるようになります。想像しただけで、色んな仕事をやってくれそうです。

ですので、例えばパソコンの中だけでできる仕事だけしかできなかったAIに手が加われば、料理を作ったり、荷物を運んだり、掃除をしたり、といった事もできるようになります。

「AIが職を奪う」という事象に対し、否定的な反応を示すか肯定的な反応を示すか。しかし、はっきり言うが、「AIによる職の代替=不幸」のロジックを持つ人間は、自分の価値をAIと同じレベルに下落させてしまっている点で、ダサい。

仕事を奪われ「価値を失うこと」を恐れる前に、なぜAIを使いこなし「価値を生み出す」視座を持てないのだろうか。

「価値を失う」ことに目がいくタイプの人間は、常に「使われる側」として搾取される状態にいることに気づかなければならない。AIが古い社会システムを刷新していけば、今、世の中の人が思っているような”会社”のありようは失われていく。

時代に合わせ、常に変化し続けられることが、これからの時代を生き抜く必須条件になる。

働いている人で、「AIが発達したら私無職になっちゃう~(笑)」なんて冗談で言ってる人がいました。ですが、あながち冗談じゃ済まない人も中にはいるかと思います。特に単純作業や、事務作業ばっかりやってる人。

逆に、AIが発達して、自分の仕事をさらにサポートしてくれるので楽しみにしている人もいます。

AIにとって変えられてしまう仕事しかしていない人、と少しでも思ってしまう人は、10年後の仕事図鑑には自分の仕事が無くなってるかもしれないですね。

速く安く働くやつがいなくなれば、オートメーション化が進む

elfpreschool / Pixabay

「保育士」の問題については、本当に「嫌ならやめろ」に尽きる。

「介護の仕事が大変だ」「保育園の仕事がつらくてやめたい」「でも、誰かがやらないといけないから、今ここで働いている」といった人も少なくないだろう。

しかし、そんな仕事ならやめたほうが、よっぽど市場原理が働く。

人手がなくなれば、なんとか人を集めようとして給料を上げるだろうし、機械化してそもそも面倒な仕事がなくなる。

速く安く働くやつがいなくなればなるほど、オートメーション化も進む。さっさと辞めた方が、業界のためになるのだ。

すごい極端だけど、一理あるなと思います。需要と供給のバランスが崩れれば、当然価値も変わってくるわけですから。けど、一人が納得しても仕方ないですからね。多くの人が賛同しないといけないのでハードルは高いかもしれません。ストライキとか?

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「収入源」という概念がすでにおかしい

stevepb / Pixabay

この世の中には「働く」ことが不得意な人間が一定数いる。そうした人たちに労働を強いるより、働くのが好きで新しい発明や事業を考えるのが好きで本気で働きたい人間にのみ、どんどん働かせたほうが効率がよい。

多くの企業は不況時に無理矢理仕事をつくって雇用を維持した結果、赤字になっている。つまり、社員たちに給料を払うために社会全体で無駄な仕事をつくっているのだ。その中で、皆が労働信仰に支配されてイヤイヤ働いている。
これから日本全体がよい方向に向かっていくためには、高給で働く能力のある人だけが高給取りとして働き、その能力がない人は国からお金をもらって好きなことをして生きていけばよい。そのほうが一人ひとりにのしかかるストレスも少なくなり、生産性も向上する。

ベーシックインカムを採用すると、ホントに世の中変わるんでしょうね。

定年を迎えて年金だけで生活されている方も多くいますが、以前テレビで「毎日やることないから川を見ながらボーっとしてる」って人が出ていました。

ベーシックインカムの採用が決まったら、これが定年後の人だけじゃなくて、若い世代でもこんな人が一定数は出現するんでしょうね。そう考えると、想像するだけで「荒んだ世の中」になってしまう気がします。。。確かにストレスはなくなるのかもしれませんが…。

情報メタボになってはいけない

SNS上でアウトプットすることは非常によい訓練になる上に、より知識を深めることができる。最近では、SNSやネット記事を見て情報収集するだけの「情報メタボ」が非常に多い。得た情報をSNS上でアウトプットし、多くの人の意見を取り入れることで、より多角的な視座を手に入れることができる。「インプット」と「アウトプット」、両方のバランスがとれているとき、人は格段に成長できるのだ。

これは耳が痛い。

私は読書が好きなのでよくインプットはするんですが、確かにインプットした量と比較すると、圧倒的にアウトプットの時間が足りてないです。

このブログを始めたきっかけも、アウトプットの量をもっと増やしたい、というのも理由の1つです。

今後も、インプットとアウトプットのバランスを見ながら、色々やってみようと思います。

秋元康さんとの飲み会

conan_mizuta / Pixabay

僕は、秋元康さんとたびたびご飯に行く。その度、秋元さんは食事代をすべて奢ってくれる。食事代がタダなだけでなく、秋元さんの仕事論、人生観など非常にありがたい話が聞ける。この食事会は何十回と行っているのだが、こんなありがたいことがあるだろうか、と毎回思っている。

この会自体、僕にとってのメリットが非常に多く、秋元さんにメリットがあるのか不思議だった。だが、食事を重ねていくにつれて秋元さんは僕たちを呼んで、実は情報を吸い上げていることに気づいた。僕が秋元さんの話を聞いているようにみえて、秋元さんにコンサルしているような構図になっていたのだ。
秋元さんとの食事会は、win-winの投資の例だと思う。秋元さんはこのような人脈を山ほど持っているのだろう。

こういったwin- winの食事会が出来る関係っていいですね。

私もこの話を読んだ時にすぐに思いついた友人がいました。

社会人になって同じ会社で働いていたけど、その友人は退職してしまいました。ですが、その後も定期的に会っていて、お互い情報交換をして食事が終わった後は色んな情報を得ていて、モチベーションも上がります。こういう食事会は、進んで参加してもいいかと思いますが、中には「何のために?」と思うようなくだらない食事会もあります。

当然、目的がストレス発散だったりするのなら、そういう食事会もアリかもしれませんが、ずっと愚痴を聞かされたり、芸能人が誰がどうだとか、本当に時間を無駄に消費してしまったという食事会もあるかと思います。

どういう食事会になるかって、結局「人」だと思います。

「この人と食事に行けば、いつも有用な話が聞ける」という人と、「この人と行けば時間の無駄になる」という人と。

付き合い上、どうしても断れない事もありますが、私は極力無駄な食事会は参加しないようになりました。

以前は仕事でストレスが溜まりすぎて、週4〜5回は飲んでましたが…。

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学校はいらない

klimkin / Pixabay

現在の日本社会において、その教育システムの中にいる6歳から18歳くらいの子どもたちはあまりにも不幸だと思う。義務教育や高校教育が当たり前だという、あたかも本当のように聞こえる嘘の中を生きていかなければならないからだ。

彼らは旧世代の教育を受け続けることを義務づけらえれている一方で社会システムは瞬く間に変わっている。「本当はそんなこと学ばなくていい」といったことを、9年ないし15年間やらされてしまう。
大学を運営する側の立場にある僕としては、現状の教育システムを変えられていないことに申し訳なさを感じている。センター試験の穴埋め問題なんて、価値を作り出すこととは関係がないし、まったく意味がない。

これは以前読んだ堀江さんの本に通じる内容かもしれませんが、やはり社会に出て活躍するためには、学校で学ぶ事以外にもっと大事な事をしっかり学ぶ必要があると感じました。

堀江さんの別の本を読んだことがある人や、TwitterやYoutubeなどの堀江さんの発言を聞いたことがある人は、そんなに違和感がある本では...

同世代だけでつるむのは意味がない

40代になってから、周囲の同世代がつまらなくなっていることが気になりはじめた。人は年をとると、今まで培ってきた人脈や経験にがんじがらめになり、新しい刺激に身をさらせなくなる。自分を変革し続けるフレキシビリティを失ってしまうのだ。

下の世代はどんどん優秀になっていくにもかかわらず、時代の変化に取り残された関係性だけで死を待っているなんてあまりにも不自由な人生だとは思わないだろうか。

これはスッパリ年代で区切るのは難しいかもしれませんが、確かに傾向としては年齢を重ねたベテラン世代の方が、今までの経験から凝り固まった発想しかできなくなってしまってる人が多いかもしれません。

かく言う私もアラフォー世代です。若い人から「あの人は…」みたいな事を言われないように、変化し続けるイノベーションマインドを持ち続けないといけませんね。

リスクヘッジの「副業」に意味はない

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僕から言わせてもらえれば「副業はダサい」。この一言に尽きる。

おそらく、「二足のわらじ」を目指すほとんどの人は、「本業」を食いっぱぐれのない「ライスワーク」として位置づけ、「副業」を本当にやりたい「ライフワーク」ととらえているのだろう。ただ、僕からすれば、なぜ本当にやりたい仕事で人生を満たそうとしないのか、理解ができない。

きっと彼らの言い訳はこうだ。「家族を養わなきゃいけない」「やりたいことも大事だが、世間体も大事」「一歩踏み出すのが怖い」。悪いが、僕にはそんな中途半端な思いで打ち込む「副業」とやらのクオリティなんて、まったく信用できない。そんな事業を誰が応援するだろうか。

安くて色んな種類の料理がある店と、種類は限定的な専門店で、味も一級品。どちらの店が生き残れるか?

他にも色んな条件を加味しないといけないので、一概には言えませんが、これからの時代は後者の専門店のような何かを極めて、それを売りにするビジネスの方が価値が高いんでしょうね。

高度成長期の時代は、そもそもモノが足りない時代だった。今はモノも情報も溢れている豊かな時代。

そんな時代で中途半端なモノ・コトを売りにしても、それは受け入れてもらえないのは安易に想像できます。

波を待つな、自ら波を起こせ

よく学生から「やりたいことがありません」などと言われるが、正直なところ、その姿勢ではこれからの未来はおぼつかない。

私たちの残された未来の生存戦略は、統計の外側へ向かうリスクテイクだ。機械ができないことを担い、機械と協調し、コストとして排除されないようにうまく働くか、機械を使いこなした上で他の人間から職を奪うしかない。

やはりこれからの時代、自分の得意な尖ったスキルを持ってないと埋もれてしまうんだと感じました。

ライバルはヒトだけじゃなくて、AIもライバルになっていく時代。ますます尖ったスキルが求められます。

あなたは自信をもって「これなら誰にも負けない」というスキルを持ってますか?

予防線を張るな。心のコンパスを信じろ

たとえどんなことであっても、その人しか持っていない知識やスキルがあれば、誰かに必要とされるはずだ。

ただ、そのモノサシとして「資格」というものに走ってしまう人もいまだに多い。資格を持つと、それが「スキル」だと思い込む。しかし、多くの人が取得している資格なんてものは、スキルとしての差別化はまったくない。

たくさんのことが満遍なくできる「ジェネラリスト」なんかより、1つのことに強みを持っている人のほうが、圧倒的に魅力的だ。

誰にも負けないスキルの証拠は、資格じゃない。とは言っても資格でベーススキルや知識を得る事はマイナスにはならないと思います。

ただ、資格を取るために勉強して、合格したら忘れてしまっていたり、勉強した知識で試験問題では回答できても、実際のビジネスシーンで活かすイメージが持ててなかったら何の価値もありません。

資格を取る事じゃなくて、資格を取った後の向こう側

見えてるかどうかが大切です。

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過去を振り返るな、未来に期待するな

Free-Photos / Pixabay

チャレンジすると、失敗をすることもあるだろう。ただ、逆をいえばチャレンジなくして成功もありえない。

もし失敗したら、2度と同じ失敗をしないように再発防止策をとればいいだけのこと。次はどういった行動をすればいいのか考え、納得できたら酒でも飲んで、次の日にはさっぱり忘れる。そして、これから自分たちがチャレンジしていくことは「必ずうまくいく」と思い込めばいい。

みんな未来のことを考えすぎる。僕は未来のことなんて考える暇もない。1年後だってわからない。今がすべてなのだ。

「未来を恐れず、過去に執着せず、今を生きろ」